中国政府は10日、「香港特別行政区における『一国二制度』の実践」と題する白書を発表した。同白書は、150年以上にわたり英国の植民地統治を受けていた香港は1997年に中国に戻ってきて以来、民主的政治制度が順を追って安定して発展してきたと主張した。中国政府はこの時期に香港の民主制度を「絶賛」する白書を出したことについて、香港で次期行政区長官選挙の方式で民意を問う「ネット投票」が20日から22日にかけて予定されているなど、民主制度の完成を求める声の高まりに対抗するものとの見方が出始めた。

 香港は1997年に英国から中国に返還される際、中国は「50年間は資本主義体制を維持」と約束した。しかし、多くの資本主義国が導入している民主制度がそのまま導入されたわけではない。

 例えば行政府の長である香港特別区長官は、選挙委員会により選出される間接選挙制度だ。選挙委員会は産業各分野からの代表、下部行政区画の代表に加え、中国の全国人民代表大会香港代表(全人代香港代表議員)、政治協商会議香港地区委員は自動的に選挙委員会のメンバーになる。

 選挙委員会委員の人選は、民意をそのまま反映したものとは言えず、全人代議員や政治協商会議委員が全体の1割近くいるなどで、中国大陸側の意向が反映されやすい構造だ。

 中国政府は10日発表の白書で、「香港は150年以上にわたり、植民地統治されていた」、「中国に返還されて以来、民主的政治制度が順を追って安定して発展してきた」などと主張。「香港基本法は、行政長官と立法会のすべての議員を最終的には普通選挙で選ぶと明記している。つまり、法で定めた目標だ」と紹介した。

 中国政府・外交部の華春榮報道官は10日の記者会見で、同白書を現在、発表した理由について尋ねられたが、「具体的な問題については、中国側の担当部門に問い合わせてほしい」と述べ、説明を避けた。

 香港で、次期行政長官の選出が行われるのは2017年だ。そして、「普通選挙を実施すべきだ」との主張も高まっている。

 香港では2011年、「占領中環」と主張する動きが発生した。同年に米国で発生した「ウオール街を占拠せよ」の運動に習ったもので、香港の中心部である「セントラル」占拠を主張する運動だ。「金融覇権」を批判し、大手金融会社のHSBCロビーを警察に排除されるまで11カ月にわたりテントを張るなど占拠する動きも発生。(「占」の文字は香港では通常、にんべんがつけられる)

 「占領中環」は内部分裂などで勢力が弱まったが、2013年になると新たな「占領中環」を主張する声が出始めた。中心人物には学者の戴耀廷氏、陳健民氏、キリスト教牧師の朱耀明氏らがいる。

 香港の「占領中環」と米国の「ウオール街を占拠せよ」の違いとしては、「占領中環」が民主化の急速な推進を求めている点がある。戴耀廷氏らは、1万人を動員して、改めて長期にわたる「セントラル占拠」を実施し、民主化について中国中央の譲歩を引き出そうと主張している。

 5月末には「占領中環」の名義で2017年の次期行政長官選出の方式を問う、パソコンやスマートフォンのインターネット機能を使った「投票」を行うことが、発表された。

 これまでに香港では、いくつかの団体が選出方法のアイデアを発表している。「投票」が設けた選択肢は、普通選挙や折衷案、棄権などの項目が設けられている。さらに「政府が提出した選出方式が、国際的に標準的な普通選挙でなかった場合、立法会(議会)はどのような議決をすべきか」との問いがあり「立法会は否決すべきだ」、「否決すべきでない」、「危険」の選択肢が設けられている。

 投票は20日正午から22日午後9時まで、同「投票」は「6.22公投(6.22住民投票」などと呼ばれている。同「投票」の目的は明らかに「行政長官選出で、西側諸国並みの普通選挙を行うべき」との民意の強さを示すことだ。

 中国大陸側は、共産党機関紙である人民日報海外版が「中環(セントラル地域)は香港の心臓物だ。機能を止めることが許されるのか?」と題する文章を発表し、「?領中環」の動きを批判。ネット投票についいても、「投票総数は10万に満たないだだろう。だとすれば、遊びはおしまいだ」などと皮肉った。

 香港財界からも、「『占領中環』は香港の経済と金融、さらに社会の繁栄に悪影響を与える。香港の名声を傷つけるものだ」、「香港の主権は中国中央にあり、香港は完全な自治権を持っているわけではない。行動をもって中央と執政権を争うのは下策だ」との批判がではじめた。中国大陸寄りのメディアも、『占領中環』を批判する論調を強めている。

 中国共産党・中国政府が、香港における民主化要求の高まりを警戒していることは、間違いない。「白書」発表は、「対抗策のひとつ」と考えるのが自然だ。

 しかし、北京大学法学院の饒戈平教授は「白書とは通常、政府関連部門が半年またはそれ以上の時間をかけて作成するものだ。『6.22公投』は最近になり決まったものだ」と述べ、白書が香港における「6.22公投」など民主化要求への対策とする見方を「論理にも事実にも合致しない」と否定した。

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◆解説◆
 北京大学の饒教授が主張する「白書とは通常、政府関連部門が半年またはそれ以上の時間をかけて作成するもの」との指摘は、たしかにその通りかもしれない。

 しかし、戴氏らが急速な民主化要求を主眼とする新たな「占領中環」を主張しはじめたのは2013年だ。違法な手段であるセントラルの「実力占拠」を主張したのが法学学者である戴氏であったこともあり、大いに注目を集めた。中国中央はすぐに警戒しはじめたはずだ。

 つまり、「香港では、民主化が着実に進んでいる」との主張を盛り込んだ「白書」を作成するために、十分な時間があったことになる。最も有効な発表のタイミングを探っていたとして、何の不思議もない。

 饒教授は中国の「全国香港澳門(マカオ)研究会」の副会長も務めている。中国の政界から関連するさまざまな情報を集められる立場だ。その立場にある人物がなぜ、白書発表は「6.22公投」などへの対策とする見方を「論理にも事実にも合致しない」とことさらに否定するのか、不可解だ。

 中国ではさまざまな分野の専門家が「政府にとって有利になる発言」をする場合が、しばしばある。強引な論理を展開することも多く、一般大衆が「政府に都合のよい発言をするのが専門家でいられる前提」などと皮肉ることがある。(編集担当:如月隼人)